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怒りの頻度と度合

若い頃はよく色んな事に怒っていた私も、この頃は年をとったのかあまり怒らなくなった(と言ったら『えー?』と私の旦那さんが言いそうですが)。別に丸くなったとか、慈悲深くなったというのではなく、『こんな事で怒っている時間と労力がもったいない』と思うようになったからである。換言すれば若い頃には余り持たなかった『諦め』の心境を持たざるを得ない状況が多々あるからだろう。

正当な怒りというのも勿論ある。幼い子が誘拐されて惨殺された、というニュースを見たら、誰だって『ひどい!なんてことだ!』と怒るだろう。それは人間として当たり前の怒りで、逆にこういう心境にならない、無関心の人の方が私は怖い。
ただ、この場合の怒りは『個人的』なものではなく、一般的なものである。ひどいと思うし、犠牲者や家族は可哀想だと思うが、自分の生活に支障をきたすほど怒り狂うこともない。
怒りが個人的である場合は、矛先が家族、同僚、友人など自分の人生や生活に関係する人との摩擦によって起きることが多い。

この頃、私の怒る回数が激減したのは、『こんなことしてたら勿体ない』という精神から来ている。そしてその裏には諦めがある。私は今別にどの家族にもどの同僚にも怒ってはいない。幸いにして私は家族に恵まれている。同僚は別問題ですが。

ある友人が共通の友人に対して怒っていた。彼女はすごく優しくて気遣いのできる人なのだが、最大の欠点は『時間に非常にルーズなこと』私は夕食を共にするのに1時間半待たされたことがある。勿論おごってくれたが。(当たり前ですな)彼女とは付き合ってはいるけど、絶対に2人きりで会わないようにしている。会うときは3人以上のグループで遅れた場合は待たない。そういうルールを決めている。

仕事場でイライラしたときは『なんでイライラしているのか?自分へのイライラか?それとも他の人へのか?』を見極めて仕事をするようにしている。自分への腹立ちは自分が設定したゴールを達成できなかった時が多い。これは『どこがいけなかったか、そして次回はどうすれば良いか?』を考えることで解決することが多い。自分へのイライラは自分に対する自分からの大いなる期待からきていて、更なる進歩に繋がるので、許すことにしている。進歩したい証拠なので。

問題は他人へのイライラだ。これはある程度の諦め(私を『優しい』という人がいるが、私は『諦め』ているので突き放してますよね。)が肝心だ。ただこの『諦め』なければならない度合が仕事に大幅に支障をもたらす時は、私だけでなく周りの人々も同じ感想なので、だいたいこういった人は配置換えになるか、いなくなってしまうことが多い。

年を重ねるにつれ、他人への苛立ちで悶々としている時間が非常に惜しくなってきた。仕事に集中し、結果を出し、あとは楽しみたいよね。読書したり、映画見に行ったり、友人と食事したり。

でも若い頃は大いに怒っていていいと思うぞ。で、なんで怒っているかノートに書いてみたらかなり思考が整理されてスッキリするから。特に社会問題などに取り組んでいる若人。君たちは時間を無駄にしていないからね。
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まる

Author:まる
院留学の後は帰国するか検討していたのですが、居ついてしまって早16年。一年中燦々と降り注ぐ太陽の下(四季がないんよねーこの街)仕事に勉強に遊びに(特に遊びと料理、食べ歩き)と日々精進(相撲取りかいな)の毎日です。

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