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早期定年退職

長らくブログの更新をサボっていたのは、1月からかなり仕事が忙しくなってきたから。それも、1日12時間はザラで、毎週のように週末(土曜日と日曜日)の出勤が加わり、、、。可也疲労が溜まっていたところでした。

2月の終わりになって『別に週末くるのは構わないけど、毎週はちょっときついから、火曜とか木曜のそれ程日程の混んでない時に2週間に一回くらい休みがもらえないか?』と談判してみた。
私の勤めていた大学はアメリカ西海岸にあり、私はここのSchool of Dentistryで修士を終わらせた後、後年は医学部の方で癌研究員として働いていたのだった。それは10数年に及んでいて、私なりに成果をあげたり、国際学会で賞を頂いたりしていたので、決して怠けていたわけではない。
ただ、この『談判』が気に入られなかったらしく、ボスから言われた言葉は『じゃ、この仕事はあなたに向いてないってことね』だった。これにはちょっとびっくり。今までこんなことなかったので。

日本では日常茶飯事かもしれないし、(少しずつ改善されているのかもしれませんが)アメリカでは違法。(まあ、日本でもそうやろね)私は組合に聞いてみたのだが、帰ってくる言葉は『違法』

普段なら『こんなこと言われて悔しい、負けんぞ』という性格の私ですが、もう心身ともにクタクタでこの『向いてないわね』発言で心の中に張り詰めていたものが壊れた。(『ガッシャーン』って音がしたぞ、心の中で)。そして同じような事を繰り返して言うボス。で、少し鬱気味になっていた私。もう限界だった。

ちょうどその時、私の年齢であればギリギリで『早期定年退職』ができることが判明。しかもこの早期定年退職には終身医療保険(アメリカでは高額の医療保険を職場が一生払ってくれる)がついてくる。退職金も勿論出る。そこで他州に単身赴任中だった夫に相談。

私は日本では歯科医師だったので、こちらの免許取得のために励んでいるのだが、もうこっちに専念することにした。

最後の日まで12時間以上かかる業務を強いたくせに、『4時半に鍵を全部置いて帰れ』と言ったボス。なんなんでしょう、この人って。じゃこんなに一杯業務を最終日に入れるなよ、って。まあ、そんなことだろうから6時にはきてやったが。(最後だと思うと踏ん張れた)。

ということで、早期定年退職した私。この最後の職場には未練は全くなかったけど(そういう状態に仕向けてくれてありがたかったかな?と思うようにした)勿論、学生時代、そして研究生活を送ったキャンパスには多くの友人、元同僚、元上司がいるわけで、その人たちに激務の合間をぬって挨拶。本当にお世話になりました。

確かに最後の職場は今までの中では最悪だったけど、この10数年でいろいろ学べた私。色んな人や色んな事のお陰で今の私があるのだから、それもひっくるめて感謝する事にしている。

20歳で父を亡くした時、『これからどんな辛い事があってもこれよりはましだろう』と思う位打ちひしがれた。世界が真っ暗闇に見えた。元来は社交的で陽気な私が家族以外とは殆ど話をしなかった。(だからその時代しか知らない人は私の事を『シャイで無口な人』と思っているらしい)
この最後の職場も『今まで色んな職場や環境が日本やここアメリカではあったけど、これよりひどいのあるのかな?』ていう私の中では最悪のものだったので、『これからどんな職場に行ってもこれよりはましだろう』という腹積りがあるのだ。

確かに今まで厳しい上司や辛い環境の職場もあったが、最後の職場との唯一の違いは『”北朝鮮”ではなかった』事。最後の職場は一番上のボスが”独裁者”として振る舞い、私たちの意見は殆ど受け入れられない。そして『密告制度』。
アメリカでは『この週末の予定は?』という質問が日常的に交わされるが、私はこれに対して『仕事です、ここで』と答えていたのだった。それは事実だったから。そしてこれがどうも『不平不満』に聞こえたらしい。そして『密告された』わけですな、私たちのジョンウン様に(笑)(私の直属のボスではない)

最後の日になんとその『密告者』が『密告した』事を謝ってきた。これにもびっくり。そりゃ、あんたしかおらんやろーけど(地位的にも。私の上司ではありません)今更そんな事謝られたって、うーん、まあ、良心の呵責で自分のために謝ったのだろうけど。まあ、もう気にせんわ、あんたなんか私よりもずーっと年やけん、そろそろ『脱北』したらどうね、と言いたかったが、それは堪えて大人の対応。それには触れず『今までお世話になったわ』っと心の全くこもってない返事をしてやった。もう一生会う事はあるまい。彼女が脱北でもしない限り。

まあ、こういう事で、私は早期定年退職したのですが、今は夫の赴任先で休暇中。これから本格的に私の元来のキャリアに戻るために頑張ります。自由になる時間ができた事には感謝。
いずれは仕事をセーブするか辞めて専念しないと、と思っていたのでまあ、その後押しをしてくれた、位に思おう、と思ってます。

どんな事、どんな経験も後から考えると身になっていると思う。人生に無駄なんか何もないぞ、という信念なので、これからも先に進むべく精進したいと思います(関取みたいやなー)。人生は長くないのだから。振り返らず、先に。


















まったりとした時間

ジムに行って体を動かし、サウナで汗を書いた後、お気に入りの本屋さんであるBernes&Nobleに直行。

店内にスターバックスもあり、お気に入りの本をコーヒーを飲みながら読むという私にとっては至福の時間。

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この中ではWho moved my cheese? がよかったな。変化に如何に対応できるかできないか、大事なことですね。

義母から金柑を頂いたので

金柑の甘露煮にしました。

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黒砂糖、蜂蜜、そしてみりんを少々。じっくり煮詰めました。

日本から家族が送ってくれたもの

色々と送ってくれたものの中にこれがありました。

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やっぱり故郷(博多ね)のラーメンは格別ですね。熊本ラーメンも博多を濃くした感じでとても好きですよ。

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海外に住んでいて家族の有り難みや、故郷の大切さを更に実感した日でした。

昭和の浪漫だなあ。

九州出身でも私は余り焼酎を飲まないのですが、いいちこだけは九州時代よく飲んでましたね。いいちこというとあのCMのビリーバンバンの歌を口ずさんでしまいます。『たった一度だけの僕の過ち〜』だったかな。因みにいいちこのCMって九州でしか流れてなかったらしいですね。大分麦焼酎二階堂のコマーシャルも好きでした。昭和の懐かしい感じがコマーシャルの中にあふれています

http://www.youtube.com/watch?v=8YCdEwN2JW4

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まる

Author:まる
院留学の後は帰国するか検討していたのですが、居ついてしまって早16年。一年中燦々と降り注ぐ太陽の下(四季がないんよねーこの街)仕事に勉強に遊びに(特に遊びと料理、食べ歩き)と日々精進(相撲取りかいな)の毎日です。

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